1993年12月のある日、
それまで24年ほど勤めていた外資コンピュータ系会社を辞める決心をしました。 原因はその二年ほど前に自分の運転する車で最愛の女性を亡くした事がきっかけでした。 このままの状態で自分の人生を送ることは、自分にとってはぬるま湯に浸かったような感じで「生きているという実感」を感じる事が出来なかったのです。
そこで残りの人生を、毎日を生きているという実感を感じながら過ごせるように会社という鎧を脱ぎ捨てて自分だけの人生の旅に出る決心をしました。
そして年明け早々の1994年1月に、「アイ社」を退職しました。
当初、今までとまったく違った世界での生活をしたいと考え「ショットバー」を始める事にになりました。 場所の決定、スタッフ募集、内装業者の選定、備品業者など、、オープンに必要な作業を巡るましくこなしましたが、何故かレールにしかれたように全てが思ったように進展し、同年4月にはオープンできました。 思うには天国の彼女がうまく行くように導いてくれたのだと思います。
ただ、長年過ごした会社勤め時代とは全く違う世界、店じたいは開店早々から、赤字経営が続き持ってた資金は3年の間にとうとう底をついてしまいました。 (^^ゞ
そこで運転資金と生活の為に何か仕事を見つけなければならなくなりました。 そして、仕事探しで困っている時に手を差し伸べてくれたのが前の会社の恩師でした。
そして、新しく始める事になったのが現在の仕事「ソフト受託開発」です。 しばらくはお店とこの仕事の二束のワラジを履く事になりますが、いつまで経っても先が見えない「お水の世界」には5年目を区切りにキッパリと別れを告げました。 多額の出費と借金は残りましたが、貴重な人生体験でした
。
「何不自由ない生活」よりも「毎日を生きていると実感できる人生」を体験できた事は、これからの余生にきっと役に立つと思います。
あの日の悲しみと苦しさ以上の事はあり得ません。 二人分の人生を、毎日楽しく悔いなく送ることが私の務めです。
ショットバーのお店の名がReve(夢=フランス語)でした。 そして再スタートの屋号はComet System(コメット・システム)としました。
Comet(コメット)は、「ほうき星(彗星)」です。 、夜空にキラッと光輝く姿は、
「いつでも見る人を魅了する」
この名にあやかり、「我が残りの人生を輝いて生きたい!」、そして「人々の幸せを祈って!」
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